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映画や本や音楽は偏愛が多い。遊びに行くときは、人ごみよりも閑散としているほうが好き。実はけっこう人見知り。
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動物占いはチータなので、喰い付きも飽きるのも早い(笑)
こんな人間です。どうぞよろしく。
けろ子について、生まれた頃の話を少ししたいと思います。
といってもけろ子は、生まれたときからよく寝る子で、とても扱いやすい子でした。おまけに愛想も良い子で、生まれた4日後くらいから既に笑っている写真がありました。一般的に2ヶ月くらいまでは笑わないんかと思ってましたけど、そうでもないんですね。
3400gを超えて生まれた彼女は、さすがに身体もしっかりしていてとても扱いやすい子でした。
以前2800gくらいで生まれた、いとこの子を抱っこしたことがあるんですが、そのときはもう本当に恐る恐るという感じで、迂闊に扱ったら壊れちゃうんじゃないかと心配したくらいでしたが、けろ子は較べて 少しぞんざいに扱っても大丈夫かも(ぁ)と思うくらい、十分な重みを感じました。
その頃、父けろりんぱから、ある本が贈られました。
子どもは空の上から、親を選んで生まれてくるんだそうです。いろいろな困難を持って生まれてきた子も、自分で承知して生まれてくるんだそうです。母と、父の子どもとして生まれてくることを願って、生まれてくるんだそうです。そういう内容でした。
本にはもっと不可解な内容が書かれていて、胎児のときの記憶があるとか、前世とか、生まれてくる前の世界のこととか書かれているんですが、まあ理解できる部分やそうでない部分もありはするけれど、概ね私にとっては納得できる内容でした。
で、この本の内容をけろりーな的に解釈すると、
・けろ子は安産(約4時間)で生まれてきた
→ けろりーなは痛みに耐えれないから。
・けろ子はしっかり生まれてきた
→ けろりーなの扱い方では、そうじゃないと大変。
・けろ子は扱いやすい子
→ けろりーなが至らない母なので。
なんにしてもありがたいことです。
ここで書くのもいいことかどうか分かりませんが、けろりーなは出産にあたり、遺書に近いものをしたためました。なにがあるか分からないので…。出産も、安全になったとはいえ、絶対大丈夫 とは言えないですからね。でもそれも洋ナシになってよかったです。 あ、違った、用無しですね。ラ・フランスは美味しいですね。
とうわけで健康なけろ子ですが、生まれて間もなく、聴覚検査をしました。なにやら顔や頭にいろいろ貼り付けられて、母は産後ブルー?もあって、なんだか涙が出そうに…。
実際は貼り付けてあるだけで、痛くもないみたいなんですけどね。
それより、足のかかとから採血する検査があったんですが、別室で行われたんですが、遠くから聞こえるけろ子の泣き声に 再び (´;ω;`)ウッ…
この小さい体に、いくら細いとはいえ 針がささるなんて…。
けろりーなは特に注射嫌いなので、本当につらかったです。ちなみにけろりーなは小学5年生くらいで、注射がイヤで涙をこぼしたことがあります、w
この検査でも異常は出ず。よかったよかった。健康に感謝。
というわけで今日も元気なけろ子。一人で「あんまんまーん、あたたたたた~」(アンパンマンとケンシロウのあわせ技)と喋ってます。
けろ子が生まれてきてくれたことに感謝。
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予定日より6日遅れのその日、
けろりーなの愛娘 けろ子は 生まれることを決意した。
らしい。
その日の朝食後も、いつもの通り お腹の中でもごもご動いていたけろ子。が直後、けろりーながココアを飲んでいるときに破水した。
間違って膜傷つけちゃったよー!って感じだった(笑)
痛みは全くなく、驚きつつも病院に電話。
特に急を要することでもないらしく、でも緊張しながら入院の準備をして、およそ1時間かかる病院へ向かう。
けろ子の曾祖父、祖母、そして母である私の3人で車で向かったが、全然痛みが無いので、談笑しながらだった。
まさか、その日生まれるとも思えないくらいの余裕っぷり。
午前9時頃、病院着。
お腹の中のけろ子の様子を見るため、モニターを着けられる。
しかしこれといって陣痛らしきものはなく、母けろりーなも余裕しゃくしゃく。生まれてきてほしい気持ちはあったが、なんかまだ実感もなかった。
10時頃、とりあえず入院ということになり、病室へ。
パジャマに着替え、けろりーなの母と二人で戸惑いながら談笑していた。
11時頃、点滴(なにかあったときのために点滴をしておく、とか言われたような)と診察。
この頃には、なんとなく腹痛チックなものがあったが、生理痛の弱いやつ程度なので、まさかこれがあんな痛みに発展するとは思わなかった…。
12時頃、お昼の食事が出てくる。トンカツだった。まだそんなにお腹が空いてなかったが食べ始める。
が、ここで異常発生。
なにやら腹が痛い。
ときどき冷や汗ものの腹痛が襲ってくる。これ何??っていう痛み。尋常じゃない痛み。
陣痛かもしれない、と思い、痛みの間隔を計ろうとするも、7分とか10分とか なんか適当な時間で、というか痛みでそんな余裕なし。
12時半頃には、我慢できないほどの腹痛が襲ってきた。
5分おきくらいで、思わず息を止めるほどの痛みがやってくる。
超痛い。超しんどい。
しんどいけど陣痛かどうかも分からず耐えていたら、隣りのベッドの人に看護師さん呼んだほうがいいよ、とアドバイスを受けた。ので、母に頼んで呼んでもらう。
13時頃診察すると、なんと子宮口が7センチも開いているという。
10センチに達すると生んでもいい、というから、7センチはもう生まれる寸前だ。
そりゃ痛いわけだ。
13時半頃?、分娩室へベッドごと移動する。
というか、もう痛みで朦朧として、いつだったかよくわからない。。。
わからないうちに分娩室だった。
それからは、いきみ逃しとの闘い。
息を止めてはいけないと言われ、どっかの本で「息を吐ききる」と読んだので一生懸命息を吐くことに集中してみる。
しかし、息を吐くと、息を吸ってしまう。
間隔が短すぎて、今度は過呼吸になってしまった。
それは指先がしびれるほどで、意識も朦朧とするし、痛みは襲ってくるし、かなりしんどかった。
呼吸しすぎ、と言われても、痛みを逃すには呼吸に集中するしかないし…。
母には、お尻の骨あたりを押してもらったり、なんかいろいろ世話になった。ありがとう。
そして時は流れ15時頃、ようやくいきんで良いということになる。
分娩台に載るのが辛かった。というか動きたくなかった。
いきむときは、顔に力を入れちゃいけないらしい(頭に血が上って目が充血するとか、顔が赤くなるとか)が、どうしても力が入る。きっとひどい顔をしていたと思う。
余談だが、このとき、分娩室には、看護学生も何人か見学に来ていた。もちろん許可は取ってあって、でも最後のほうは完全に存在を忘れていた(笑)
ひどい顔を見られちゃったなーとは、今になって思う。
しかし、いきみ逃しの辛さに比べたらいきむときの辛さは、かなり楽だったと思う。
いや、腰は痛いし腹は痛いし、かなりしんどかったけど、「いきむ」という目的がある分助かったなぁと思うわけで…。
いきみ逃しは、終わりのない苦痛のようなものだったものなぁ。
いつまで続くのー!?という感じの…。
いきんでいいよ、と言われたとき
思わず
いきんでいいのー!?本当に!?
と
何度も確認しちゃったもんなぁ(笑
まあ、しかし、そんな痛みも乗り越え
15時半頃 愛娘けろ子が外に出てくる。
けろ子は元気で、出てくるときも暴れた(らしい)おかげで私はとっても痛かった(泣
痛みに気を取られていて、けろ子が生まれたことにしばらく気づかなかったよ。。。
周りに「生まれたよ、泣いてるよ!」と言われて初めて気づいた…。
そんなけろ子は
3400gを越える、大きめな女の子でした。
その頃やっと夫が富山から到着。
さすがに6時間の距離では間に合わなかったようで。
というかいろいろハプニングがあったらしい。
きっとこれは運命のいたずらというか
神様のおぼしめしというか
とにかく、立ち会うなってことだったんだろうと、二人で納得した。
カンガルーケアもした。
感想は
「ちっこいけど重くてでかい!」(当時のメモより)
それでもちゃんとおっぱい探して吸うんだよね。すごいなあ。
顔は、なんだか誰にも似てなかった。
出しといてなんだけど、不思議な感じだった。
その日の夜は
私は興奮と、痛みへの恐怖で眠れなかった…。
産むときも辛かったけど、産後の傷の縫合も辛かったなぁ…。
さすがに、その日はけろ子は看護師さんに見ててもらった。
眠れなかったから、一緒でもよかったかもしれないけど、でもまあ、傷がひどくて 歩くのも一苦労だったから、やっぱり預けて正解だったんだろう。
こんなわけで、けろ子はこの世に生を受けたのだった。
結果的に4時間ほどの安産だったけど、本当にしんどかったー。安産って言っても、痛いものは痛いんだよ。うん。お産が大変だってこと、身に染みた。世の中の「お母さん」って、本当にすごいよ。見る目が変わったよ。
余談
けろ子は生まれながらにして、爪が長かった。
この爪できっと間違えて破水しちゃったんだろうな(笑
と、私は今でも思っているw